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ジョン・ケージの四季


プログラム

ジョン・ケージ:《 4分33秒 》

小杉武久:《 INSTRUMENTAL MUSIC 》

ジョン・ケージ:《 ある風景の中で 》

小杉武久:《 ANIMA 7 》

水面下: 《 A-Un 》(世界初演)

ジョン・ケージ:《 四季 》

小杉武久:《 MICRO 1 》

 

出演者

ピアノ=横山博

コンテンポラリーダンス=水面下(Osono、青沼沙季)

 

音響: 成田章太郎

舞台美術: 福田真太郎

照明: 植村真

撮影: まがたまCINEMA

アシスタント: 川口桂生(INSTRUMENTAL MUSIC)

 

助成: 公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京 【東京ライブ・ステージ応援助成】、公益財団法人朝日新聞文化財団

協賛: ファツィオリジャパン株式会社




プログラムノート

 

ジョン・ケージと私 

 

横山博

 

初めてジョン・ケージ作品を弾いたのは《4分33秒》ではなく、演奏時間70分の、プリペアド・ピアノのための《ソナタとインターリュード》でした。2016年、幸運にも私は、当時勤めていた栃木市の西方音楽館所蔵の古いニューヨーク・スタインウェイBモデルを自由に弾くことができる立場にありました。ケージのプリパレーション一覧表や、リチャード・バンガー著「ウェル・プリペアドピアノ」を参照しながら、プリパレーション(挟み込み作業)を進めていきました。初めてのプリパレーションは10時間以上かかったと思います。ボルトの音色が折り重なった無限の倍音、ポコポコとした弾力に富んだラバーのパーカッション音、録音物とは全く違う、想像をはるかに超えたアコースティックな響きは、ハイブリッド・ドビュッシーとでも言うべき、現実とは思えない官能的なものでした。初めて歴史的チェンバロを触れた時のようなショッキングな体験でした。チェンバロの調律とメンテナンスには慣れていたので、楽器内部にアクセスすることに対して何の抵抗もありませんでした。《ソナタとインターリュード》の録音もその時にしました。運命的な出来事です。

 


墨田区の両国門天ホールは東京都内で唯一ピアノに対する特殊奏法を一般に許可しているホールとして有名です。作曲家の夏田昌和さんに誘われて、2台ピアノの演奏会を聴きに行った終演後、支配人の黒崎八重子さんから、ピアニストの井上郷子さんをご紹介いただきました。特殊奏法のスペシャリストである井上郷子さんの推薦で助成金を得ることができたので、調律師の全日立会料を賄うことができました。その時の調律師、岩崎俊さんは調律師としては先駆的な考えをお持ちの方で、特殊奏法やプリペアドピアノに造詣が深く、起こりうる楽器へのダメージについて、詳細にアドバイスをして下さいました。2018年の門天ホールのリサイタルでは、岩崎さんご自身で開発されたプリペアド・ピアノ専用の「鋳物のネジ」を本番でお借りすることもできました。本番当日のリハーサルの様子をYouTube公開しています。

 

2019年8月、宇都宮市の図書館で開催したピアノリサイタルに、「ジョン・ケージ 作曲家の告白」が出版されたばかりの大西穣さんがお見えになりました。《4分33秒》とモートン・フェルドマンの《バニータ・マーカスのために》(演奏時間75分)を弾く演奏会でした。「作曲家の告白」の中でケージが触れていた「《4分33秒》はSPレコードの最大収録時間5分に収まるように計画された」といったような内容が、とても気になっていて、当初プログラムには入れてはいなかったのですが、《バニータ・マーカスのために》への前奏曲という形で、予定を変更して《4分33秒》を演奏することにしました。リサイタルの後すぐに大⻄さんにメール差し上げて、同プログラムで開催することになっていた 2020年1 月、豊洲公演 のための推薦文をお願いしました。ま た、代官山の蔦屋書店で開かれた大⻄ 穣さんと音楽批評家の小沼純一さんの トークイベントに伺った際、大⻄穣さ んが紹介していた大型本「Sounds Like Silence」には、《4分33秒》成立 についての詳細な記録と写真、よく知られていないバージョンの楽譜が収められており、本日の演奏会では、最も初期のバージョンで演奏しようと思っています。

 


 

その翌年の豊洲シビックセンターホールでの、《4分33秒》とモートン・フェルドマン《バニータ・マーカスのために》を合わせたピアノリサイタルに、ドイツ語通訳者の前田智成さんがご来場くださいました。後にお手紙とメールをいただいて、会って話をしようということになり、天王洲アイルの寺田倉庫(TERADA ART COMPLEX)で待ち合わせました。西洋現代美術の今を平易な言葉で解説していただいた後は、品川駅近くのカクウチで立ち飲み。2人ともピースを吸う愛煙家(私はピースライト、前田さんはピーススーパーライト)ということで、ソウルメイトとなりました。初めて前田さんにお会いしたその日にプレゼントされたのが、小杉武久《インストラクション・ワークス》でした。その時は読み物として面白いと思っただけで、そのスコアを演奏する日がやってくるとは、その時は夢にも思いませんでした。

 

ケージの《4分33秒》を真面目に弾いてみると、やはり人類にとって極めて重要なクラシック音楽なのだと感じます。ここまで人が音というものを探し求める体験。聴衆が強制的に演奏家と同じポジションに追いつめられる緊張感。演奏会の告知のために、Twitterで「僕は《4分33秒》のために、ちゃんとJASRACに1曲分の著作権料を支払っています」とつぶやいたところ、フォロワーの一人みちみちさんが以下のようなコメントを下さいました。「 《4分33秒》はJASRACに登録されていて《0分0 0秒》は登録されていないと聞きましたが本当でしょうか」。 私は気になって、みちみちさんのコメントの数秒後にはJASRACに電話をかけて、ジョン・ケージの《0分00秒》はJASRAC管理作品に登録されていないことを確認しました(私が登録してしまったことになるようです?)。それ以前に、そもそも《0分00秒》がどのような曲なのかを全く知らず、たぶん一瞬で終わる音楽なのだろうと勘違いしていました。

 

1962年の東京で「本番中に」作曲された《0分00秒》と言う曲は、あっという間に終わってしまう曲ではなく、やるべき事と禁止事項とが具体的に記されたインストラクション作品でした。ある動作に慣れ過ぎていて時間の推移に気づかず、あっという間に過ぎ去ってしまうような時間をケージは「ゼロの時間」と呼び、そのような動作を舞台の上で行い、マイクでその音を拾って最大限増幅してとても大きな音で聞かせる作品が《0分00秒(4分33秒第2番)》です。YouTubeに《0分00秒》の演奏動画は少なかったですし、せっかくリサイタルで演奏するなら良い演奏になるよう、この作品について参考資料を集める必要がありました。そこで、ジョン・ケージについて豊富な知識をお持ちになるWINDS CAFE2主催者の川村龍俊さんに、日本での《0分00秒》の過去の演奏記録を問い合わせしました。ジョン・ケージ初来日の際のどよめき。《0分0 0秒》初演時の日本の現代音楽関係者の批評記事の数々をご提供いただきました。また、アーティストの村井啓哲さんが行った、自転車を使った歴史的パフォーマンスの証言をいただいて、大変参考になりました。川村さんはご自身も演奏されるので、演奏家として頂いたアドバイスも貴重なものでした。2022年3月豊洲でのリサイタルでは、スマートフォンから出る効果音を増幅する形で、当日演奏会のサポートスタッフたちにLINEで指示出し、《0分00秒》を生演奏している写真をTwitterとFacebookに投稿するといったパフォーマンスをしました。また、川村さんは2023年の3月、315回目のWINDS CAFEにはピアニストとして呼んでくださり、そこでは川村さんリクエストのジョン・ケージの《夢》、そしてフェルドマンの《バニータ・マーカスのために》と《マリの宮殿》を演奏しました。古いベヒシュタインで弾いた《夢》のライブ録音もCDとして発売することができました。

 

315回目のWINDS CAFEには作曲家の木下正道さんがお見えになっており、休憩中に色々と業界の裏話を聞かせてもらいました。その時の木下さんからいただいた貴重なアドバイスをもとに、この度の「ジョン・ケージの四季」の企画書を作成しました。ピアノ曲としての《四季》ではなく、指定のはっきりしない、まぼろしの舞台作品《四季》を、ダンサー、照明、衣装、美術のプロフェッショナルたちと共に自由な発想で作り上げること。「わからないものをやる」というコンセプトを前面に押し出して、アーツカウンシル東京【東京ライブ・ステージ応援助成】に応募し、音楽部門ではなく、舞踊部門での採択となったことで、本日の公演が実現しました。

 


 

小杉武久の作品を初めて演奏したのは、今年2024年の2月、ピアニストの本荘悠亜さん主催「2台のデジタルピアノによる演奏会」でのことです。プログラム前半最後に《DISTANCE FOR PIANO》を演奏しました。スコアには、ピアニストが、手の届かない遠いところから、何らかの物を使って、楽器のいろいろな場所から音を出すよう指示されています。私は自分の電子ピアノをホールに持ち込んで、窓掃除用の長いワイパーを使って、クラスター奏法を駆使して即興演奏をしました。また、遠いところからいろいろなボタンを押すことで電子ピアノに搭載されたクラシック名曲の音源をいろいろな音色で鳴らすといった解釈で演奏しました。指ではなく、物を使ったピアノの演奏は、特殊奏法に分類されます。プリペアド・ピアノはもちろん、ホール所有のグランドピアノに特殊奏法を行うのは多くの場合禁止されています。ピアノを傷つける可能性のある特殊奏法を含んだ作品を演奏することが困難な事情をパフォーマンスに盛り込むことにしました。グランドピアノの前に座って、3メートル離れた位置から自分の電子ピアノの音を出し、慣れ親しんだグランドピアノに対しては指一本触れずに心理的ディスタンスをとるという解釈は、何の迷いもないものでした。

 

 

 《DISTANCE FOR PIANO》を演奏するにあたってHEAR sound art libraryの岡本隆子さんからは、膨大な数の資料をご提供いただきました。また、本日演奏する《INSTRUMENTAL MUSIC》についても、貴重な生の証言をいただきました。小杉武久がヴァイオリン演奏をし、アーティストの藤本由紀夫さんがアシスタントを務めたバージョンが非公開の形で映像に残されており、岡本さんから特別に見せてもらえることができました。同作品のアシスタントをビデオアートの父、ナム・ジュン・パイクが務めたこともあったと聞いています。《MICRO 1》(ミクロ1)は小杉氏が世界中で何十回と演奏したという、インストラクション・ワークスを代表する作品です。

 

インストラクション作品というものを演奏してみて感じるのは、そこにある解釈の自由度というよりも、むしろその逆で、書かれたインストラクションを具体的に実践できると自分が思える複数の方法の中から、「これではクリエイターの意志に反してしまう」、「これ以外には考えられない」という消去法によって答えを導き出すことができます。しかしそのたどり着いたパフォーマンスが優れているのか、そうではないのかは、伝統的なクラシック音楽と同様に、多くの人によって演奏されて初めてジャッジされるものだと思います。

 

私にとってジョン・ケージ、そして小杉武久の音楽は、私が求めて近づいていったと言うよりも、私の音楽人生を助けてくれた人たちとのめぐり合いを通して、偶然訪れたものです。

 

*《ソナタとインターリュード》に用いられるボルトやゴム等を弦に挟み込む位置は、小型のスタインウェイの寸法に合わせて決められている。

 

 



協賛: 

大平裕 亀井万紀子 川村龍俊 木村由紀子 

小杉恵子 鴫原大輔 篠原玲子 中田道子 

中村直樹 南雲道朋 新関喜美江 新見聡 

古澤和子 星野壮樹 山ノ井トシ子 若菜美恵

ファツィオリジャパン株式会社

 

資料提供:

HEAR/Estate of Takehisa Kosugi