消えゆく変奏曲... そのざわめきが今、甦る
「良い演奏を修得するためにはクラヴィコードを使わねばならない」とは、C. P. E. Bach (1714-1788)が「正しいクラヴィーア奏法試論 (1753)」に残した言葉だ。金属片が弦を突き上げると、振動して音が出る。強く弦を叩いても音程が上がるだけで音量は増大しない。この楽器にピアノのような華やかさや迫力を求めてはならない。クラヴィコードとは極めて小さい音量の中で微細な表現を可能にする楽器なのだ。そもそも聴衆を視野に入れていないのであろう。演奏している様(さま)はまるで二人で対話をしているようだ。横山氏は昨年のクラヴィコードリサイタル(於 木洩れ陽ホール)で、その繊細な楽器を意のままに操った。我々聴衆は美しき声を聞き逃すまいと、息を潜め、固唾を飲み、耳を澄ませ、隣の部屋から密談を盗み聞くような緊迫と高揚をもって、いつしかその空間の虜となっていた。東京初演となる《アポロンの六弦琴》、横山博はここでも聴衆を思いのままにするであろう。 出井陽子