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クラヴィコードについて/山野辺暁彦

clavicordo italian

clavicordio spanish, old italian

clavicórdio portuguese

clavicorde french

clavichord

参考:cravo は現代ポルトガル語では harpsichord を意味します。

 

1 クラヴィコードの語源

 

clavichordium←clavis(key)+chorda(cord)

語源的にはこの通りラテン語の「キー」と「弦」の合成語です。古くはこれが一般にチェンバロを指している時代がありました。その場合クラヴィコードは monocordio 等と呼ばれている事が多い様です。つまり、クラヴィコードはモノコードが一弦でなく複数の弦を持ち、左右の手で同時に奏でることができるようになっても、まだモノコードと呼ばれていた様です。古い文献を読まれるときは、注意が必要でしょう。

 

◆ Note

モノコードは一本弦と言う意味だが、もともとは1オクターブの12音をどのように決めるかを弦の長さで研究するためのものだった。今日、ある音の高さは周波数カウンターを使って周波数を測定することができる。それができない当時は一定の張力で張ら れた弦の駒を移動し、相対的ではあるが、弦の長さで 12 音を表していた。

右の図の A が固定駒、C が可動駒と説明されている。

 

例えばピタゴラス音律の周波数の比は下表の様になるが、これの逆数は弦長の比となるので、モノコード上の弦の長さに置き換えられる。

 

2 クラヴィコードの説明

 

英語、フランス語、イタリア語、スペイン語のウィキペディアにおけるクラヴィコードの書き出しのところを見てみましょう。まったく異なる観点から説明しているので面白いです。

 

2.1 英語版 wikipedia によれば

英語版 wikipedia の clavichord の序および歴史の冒頭部分です。一部を省略しています。

The clavichord is a European stringed keyboard instrument known from the late Medieval, through the Renaissance, Baroque and Classical eras. Historically, it was mostly used as a practice instrument and as an aid to composition, not being loud enough for larger performances The clavichord produces sound by striking brass or iron strings with small metal blades called tangents. Vibrations are transmitted through the bridge(s)* to the soundboard. The name is derived from the Latin word clavis, meaning "key" and chorda, meaning "string", especially of a musical instrument".

 

クラヴィコードは弦を張ったヨーロッパの鍵盤楽器であり、中世後期からルネサンス、バロックを経て古典派の時代まで、その存在が知られていた。歴史的には、クラヴィコードは主に練習用楽器として、あるいは作曲のためのツールとして使われたが、演奏会の様な場面で使うには音量は十分でなかった。クラヴィコードは、タンジェントと呼ばれる小さな金属の板で真鍮弦あるいは鉄弦を突き上げて音を出す。振動はブリッジにより響板に伝えられる。クラヴィコードという名前はラテン語でキーを意味する clavis と、弦を意味する chorda に由来する。

*bridge(s)と複数の”s”にかっこが付いているのは、16 世紀のクラヴィコードの様にブリッジが連続せず、いくつかに分かれていたものがあるためです。

 

History and use; The clavichord was invented in the early fourteenth century. In 1504, the German poem "Der Minne Regeln" mentions the terms clavicimbalum (a term used mainly for the harpsichord) and clavichordium, designating them as the best instruments to accompany melodies.

 

歴史と使い方;クラヴィコードは 14 世紀の初頭に発明された。1504 年のドイツの詞 Der Minne Regeln (騎士道精神?)において clavicimbalum(これは主にチェンバロを意味する)及び clavichordium という記述があり、これらはメロディーの伴奏をするのに最適な楽器であると紹介されている。

 

2.2 フランス語版 Wikipédia によれば

一方フランス語(Clavicorde-Wikipédia)では、冒頭は次の通りです。

Le clavicorde est un instrument de musique qui remonte au tympanon médiéval.

Il est le prédécesseur du piano-forte, qui lui-même engendra le piano moderne. Le plan s'apparente à celui du virginal. Les instruments à claviers, jusqu'à la pratique du piano-forte, furent les clavecins, l'orgue et le clavicorde.

Le clavicorde est construit sur un fond rigide. La table d'harmonie n'occupe que la partie droite de l'instrument, si bien que l'on peut voir le clavier à travers les cordes.

 

クラヴィコードは楽器の一つで、起源は中世のtympanon(チター、ダルシマー等)にさかのぼる。クラヴィコードは現代のピアノを生み出したピアノフォルテ**のさらに前の楽器である。クラヴィコードは、形はヴァージナルに似ている。ピアノフォルテが実用 的なものになるまでは鍵盤楽器と言えばチェンバロ、 オルガンとクラヴィコードであった。クラヴィコード はしっかりした底板の上に造られている。響板は楽器 の右の部分を占めるに過ぎない、そのため弦の下にキーが奥へ伸びているのを見る事が出来る。(ヴァージナルでは響板が楽器全体に貼られているためにキーが見えない事と対比している。) **ピアノフォルテはここでは初期のピアノの意

 

Dans le clavicorde, les cordes sont frappées par une pièce métallique appelée « tangente », selon un mécanisme beaucoup plus élémentaire que celui du piano-forte et plus encore que celui du piano moderne. Quand la tangente frappe la corde, elle sépare la corde en deux parties : l'une libre, vibrante, dont la fréquence ̶ hauteur de la note ̶ dépend de la longueur entre l'extrémité et la tangente (création d'un nœud de vibration), l'autre étouffée par une bande de feutre placée à demeure ̶ il n'y a donc pas d'étouffoir mobile comme sur un piano. La continuité entre le doigt de l'instrumentiste et la tangente permet un certain vibrato.

 

クラヴィコードにおいては、弦はタンジェントと呼ばれる金属片によって叩かれ、メカニズムにおいてはピアノフォルテやモダンピアノよりも簡単である。タンジェントが弦を突き上げると、タンジェントは 弦を二つの部分に分ける。その一つは自由に振動する部分であり、その振動数、つまり音の高さは弦の端 (ブリッジ)とタンジェント(弦振動のもう一端となる)の間の長さによって決まる。さて、もう一つの 部分は、そこに敷かれたフェルト状のひもにより消音される。従って、ピアノの様に可動式のダンパーはない。奏者の指とタンジェントがつながっているために、ヴィブラートが可能となる。

 

2.3 イタリア語 wikipedia によれば

イタリア語 wikipedia ではクラヴィコードの序および歴史の冒頭部分のごく一部です。

Il clavicordo o clavicordio è uno strumento musicale a corde, dotato di tastiera. È stato uno dei protagonisti del panorama musicale europeo per più di quattrocento anni.

クラヴィコードは鍵盤を有する弦を用いた楽器である。クラヴィコードは 400 年以上に渡ってヨーロッパ 音楽を展望する上での主人公の一つであった。(clavicordo あるいは clavicordio となっているのは、現代では clavicordo が一般的であるが、古い書物では clavicordio と書かれていることが多いためである。)

 

Storia 歴史

Le origini del clavicordo non sono affatto chiare. Sembra certo che abbia origine dal monocordo, strumento probabilmente inventato da Pitagora di Samo nel VI secolo a.C. (e comunque di certo esistente ai suoi tempi) per studi di acustica e successivamente divenuto, soprattutto nel Medioevo, un vero e proprio strumento musicale, come risulta dal Roman de Brut del 1157, dove viene indicato con il termine "monacorde". Nel poema Der Minne Regel di Eberhard Cersne vengono menzionati tanto il monocordo quanto il clavicordo.

 

クラヴィコードの起源は全く明らかでない。モノコルドにその起源があることは確かのようである。モノコルドはおそらく紀元前6世紀にピ タゴラスによって音律の勉強用に発明され、(いずれにせよ、彼の時代 に確かに存在していた。)その後、特に中世においてmonacordeという 語が1157 年のブリュ物語〈Wace 作〉の中で現れるように、実際に音楽に使える楽器となった。〈Pitagora di Samo となっているが、Samo はピタゴラスが生まれたエーゲ海の島である。イタリアでも一般に単に Pitagora と呼ばれる。また、monocordo は一本弦と言う意味だが、2 本あるいはそれ以上の弦を有するものであり、また、簡単ないくつかのキーがついたものが現れた。このため、いつまでも monocordo あるい

は monocordio の語が使われるが、後の時代によってはクラヴィコードを意味していることが多い。〉 セルスネの詞 Der Minne Regel〈騎士道精神?〉においてはモノコルドとクラヴィコードが同じくらい多く用いられるようになる。

 

2.4 スペイン語 wikipedia によれば

次にスペイン語 wikipedia でクラヴィコードの冒頭部分を見ると次のようになっています。なお、スペイン語圏では今でもイタリア語の古い形である clavicordio が使われます。

 

El clavicordio es un instrumento musical europeo de teclado, de cuerda percutida y sonido muy débil. Este instrumento no se debe confundir con el clave (harpsichord, clavecín, clavicémbalo, clavicímbano), la espineta o el virginal.

 

クラヴィコードは弦を打って、とてもか細い音を出すヨーロッパの鍵盤楽器である。この楽器は clave と呼ばれる鍵盤楽器(harpsichord, clavecín, clavicémbalo, clavicímbano)、あるいは またスピネットやヴァージナル(espineta o el virginal)とも混同してはならない。(スペイン語の clave は、女性名詞では英語の key を意味する。一方単数男性名詞では基本的にはチェンバロを意味するが、チェンバロに限定したい時はフランス語から入った clavecín あるいは イタリアから入った clavicémbalo が最も良く使われる。中南米では clavecín という人が多いかもしれない。)

 

Las teclas del clavicordio son simples palancas; cuando se hunde una de ellas se puntea la cuerda con una pequeña púa de metal ("tangente") insertada en el extremo contrario de la tecla. Esta tangente determina la afinación (tono) de la cuerda al dividirla en su longitud. La longitud de la cuerda entre el puente y la tangente determina la altura (afinación) del sonido. Una de las dos partes de la cuerda dividida no suena porque está en contacto con una faja de fieltro agudo.

 

クラヴィコードのキーは簡単な「てこ」となっている。つまり、キーの一つが押し下げられるとキーの 先に取り付けられた小さな金属片(タンヘンテ)が弦を突き上げる。このタンジェントが弦を分割する〈突 き上げる〉長さにより、その弦の調律(音)を決定する。ブリッジからタンジェントまでの距離が音の高 さ(調律)を決定する。弦のもう一方は細い帯状のフェルトと接触しているために鳴らない。(下図の様にフレッテッドクラヴィコードにおいて同じ弦でも突き上げる位置が異なると違う音となることを言っている。)

 

3 クラヴィコードのアクション(フレッテッドクラヴィコード)

右の図はクラヴィコードの鍵盤部分が示されています。響板は鍵盤の右側にあります。この図ではフレッテッドクラヴィコードにおいて同じ弦でもタンジェントが突き上げる位置が異なると、sounding length(振動長)が異なり、違う音を出すことが示されています。クラヴィコードはモノコードから発展したものであり、この様に弦を共有するものが多く作られました。この様なクラヴィコードをフレッテッドクラヴィコード(fretted clavichord)と呼びます。また、どのキーとどのキーが同じ弦をつかっているかということをフレッティング・システムと呼びます。

 

最大で2つのキーで弦を共有しているものをダブルフレッテッド・クラヴィコード(double fretted clavichord)と呼びます。今日使用しているフーベルトモデルの楽器もダブルフレッテッドクラヴィコードです。この楽器のフレッティング・システムは例えば次の様に書くことができます。c-c# d e-e♭ f-f# g-g# a h-b(-は同じ弦を使用していることを示す。)この場合ドとド#は同じ弦を用いていますから、この2つの音は同時には出ません。フレッテッド・ク ラヴィコードはこのような制約がありますが、その分、楽器が小型化でき、また、弦が少ないために明瞭な音がします。

 

弦を共有しないタイプの楽器は1700年以降作られるようになりました。この様な楽器はアンフレッテッド・クラヴィコードと呼ばれます。なお、listing cloth はバイアステープの様な細長い布の事であり、 タンジェントの左側の振動を止める役割をします。

 

4 フーベルトクラヴィコードについて

Christian Gottlob Hubert (1714‒1793)はドイツのクラヴィコード製作家です。フーベルトが作った楽器は現存するものだけで18台ある様です。フーベルトは最初期には弦を共有しない(unfretted)大型の クラヴィコードを作りましたが、後に最低音 C とし、しかも弦を共有する(fretted)クラヴィコードだけを続けて作るようになります。この一連の楽器の中で大変細かいところに少しずつ改良を試みています。18 世紀も後半になると最低音が C では足りないのですが、これら一連のフーベルトの楽器において最低 音が C となっているのは、次の2つの理由によると思われます。

 

● クラヴィコードはチェンバロ等に比べて小型であるので、Cより低い音を追加してもがあまり良い音が期待できない。

 

● チェンバロでも同じだが、17~18世紀にかけては音域が拡張された時代であった。従って、必要な音域を備えた楽器の方が珍しかった。この様な時代於いては演奏者が必要に応じて音形を変えることが一般的であった。

 

5 終りに

クラヴィコードは構造が簡単ですが、その分、ちょっとしたところの作りが音に大きく影響します。ヴァイオリン等の弦楽器も図面をみてもそう大きくは変わらないですが、微細なところで音が大きく変わる事が知られています。クラヴィコードはこのような弦楽器に似ているように思います。例えば、指でキーを押して音を出すと、キーは弦を突き上げ続けていますから、このキーの仕上げは音に影響します。キーは弦楽器の弓に相当するように思います。また、弦を突き上げる金属片(タ ンジェント)を右図の様に加工すると平行面がなくなるため、澄んだ音になります。